ローマ教皇庁聖職者省長官の兪興植・ラザロ枢機卿の時局に対するメッセージ全文
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| ローマ教皇庁聖職者省長官の兪興植・ラザロ枢機卿 |
韓国のカトリック教会の聖職者、修道者、兄弟姉妹の皆様、同胞の皆様へ
平安でお過ごしでしょうか。
私の身近にいる報道関係者や社会指導層、宗教界の多くの方々が、フランシスコ教皇様の健康を案じるとともに、非常戒厳後の我が国の無秩序で難しい現実について、私の率直な意見を表明してほしいと求めておられます。私は何を語るべきかについて深い考えと祈りをしました。要請を受け入れることに心を決めて祈る気持ちで私の考えを申し上げます。
現在、88歳のご高齢であられるフランシスコ教皇様は、入院されて一ヶ月以上経ちました。医師の指示に快く従われ、ご自身が経験するすべての苦痛と困難を神様に捧げながら治療を受けておられます。病気が好転し、まもなく教皇庁へお戻りになられると予想しています。教皇様の健康が一日も早く回復することを願う世界中の多くの方々の切実な祈りに感謝申し上げます。私たちの継続的な祈りを通じて、教皇様の心身のご回復を祈りします。また、様々な面で苦痛中の世界のすべての病める人々の回復のためにも、共に祈っていただけますようお願いいたします。教皇様はすでにこの世界の苦痛を癒すための教えを示され、今もなお祈りを捧げておられるからです。
この時点で、教皇様が現代の人々に切に願われている教えをいくつか振り返ってみます。
第一に、教皇様は絶えず広い心を持つことを求めておられ、自ら私たちに示しておられます。 聖アウグスティヌスが「主の内に憩うまで、安らぐことはない」と述べたように、人間の人生は苦痛を避けることができません。多くの人々の利害と衝突の間で、愛に基づいた包容と寛容の精神がなければ、苦痛は加重されるでしょう。
第二に、互いを尊重し合う生き方です。神様が私たちに自由意志を与えられたため、一人一人が人によって、そして彼が属している環境によって異なる考えを持つことができます。お互いに通じ合わないことがむしろ自然な基本値だということを受け入れ、お互いを尊重する心が、いつにも増して必要です。
第三に、困難な状況にある人々への関心絶えず促しておられます。 世界が危機に直面している時、最も先に、そして最も深く苦しむ人は、平和な時代においても困難な状況にあった人々です。個人の問題より、構造的に貧しく苦しい生活に追い込まれる人々がますます増えています。彼らに関する共同体の関心と世話がいつにも増して必要です。
このような考えの末で、私が愛する誇らしい大韓民国の現実を、知らないふりをして無視することはできませんでした。昨年末、故国で起きた戒厳宣布という信じられないニュースに接し、言葉にできないほど惨憺たる思いでした。幸いにも国会が迅速に戒厳解除を議決し、国家的な悲劇に突き進むことはひとまず止まり、多くの国民が寒さを突き抜けて広場と街に出て共にしたことで弾劾訴追案が可決されたというニュースを聞きました。すでに時間は酷寒を過ぎ、三月の下旬へと向かっています。しかし、まだ状況は終わっていないまま、国民の心は依然として薄氷の上を歩いています。
法は、常識と良心で解決できないことがある時に使える、人間社会の最後の砦です。 したがって、できるだけ常識と良心の範囲内で解決されてこそ良い社会です。聖書の「ヘブライ人の手紙」には、良心に対する概念が5回登場します。9章9節では現代を指す象徴で「完全でない良心」を、9章14節では「救援された良心」を、10章2節では「罪の良心」を、10章22節では「清められた良心」を、13章18節ではいつでも正しく行動しようとする「正しい良心」を語っています。
ところが、私たちの社会は良心という言葉が光を失って久しいです。すでに法に抵触しなければ何をしても良いという心を越え、法を軽く無視することを躊躇しない恐ろしい心が根付きました。誰よりも正義と良心に先に問うべき社会指導層が法さえ守らないとしたら、私たちの社会は一体どこへ向かうのでしょうか。
そこで、危機の大韓民国のための切望した心を持って、憲法裁判所に訴えます。 なされるべきことが速やかになされるようにすることが、正義の実現であり、良心の回復です。私たちの中に、あの深いところに生き続けている正義と良心の声に耳を傾けるなら、これ以上遅滞する理由はないはずです。フランシスコ教皇様は「苦痛には中立がない」とおっしゃいました。同様に、正義には中立がありません。我が憲法が語る正義の判決をしてください。
極度の混乱と不安が大韓民国を支配しています。到底起こってはならないことで家族や隣人が争い、無数の店が閉店し、若者たちはどこで未来を見つければよいのかわからなくなっています。このようにして、私たち全員が「困難な状況にある人」となりつつあります。誰も他人を気にかける余裕がなくなれば、社会は自分のことしか考えないことがより一層加速化し、人々がお互いに支え合い協力できなくなれば、共栄の道はますます遠のいてしまいます。今こそ正しく、かつ迅速な回復のために、早いうちに誤った判断と決定を下した人々に対する是々非々を明確にしてくださることを促します。
私は一生、「与えることが受けることより幸いである」という言葉を大切にしながら生きています。私たちは良いものを隣人に与える心を回復しなければなりません。 政府は国民に、国民は各自の隣人に良いものを与えようとするその心が愛であり治癒であり回復であるでしょう。 クリスチャンがクリスチャンらしく生きることが、もしかしたらすべての回復の出発点かもしれません。
皆それぞれの良心に寄り添い、心を一つにして神様に祈りながら進みましょう。
バチカンにて枢機卿 兪興植・ラザロより
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このメッセージは兪枢機卿がカトリック平和放送(cpbc)に送ったものです。

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